Date:2009/11/26 23:02
この一週間ほどは、殆どのお客様が風邪の初期症状でのご来店でした。
体が冷え、節々が痛いという感じの方が多く、症状としては軽い方が多いですね。
サロンも暖かく保ち、湿度もあげているようにして、少しでも楽に施術を受けていただけるように心がけているのですが、湯たんぽなども用意していたりします。
寒い中ご来店くださっているので、湯たんぽを施術の際に体に当てるようにすると、皆さん気持ちよいようで、すぐに寝てしまう方が多いです。
この時期の症状にも、暖めながら施術すると言うのは効果的で、楽に成っていただける度合いも高くなります。
未だにお客様の中で、インフルエンザに成った方などが居ないのは幸いですね、周りではとても多いようですが・・・。
私も心配なので、親がかかり付けのクリニックに行った際に、医者に確認してみると・・・。
「貴方のところは、ご家族全員今までインフルエンザになった人も居ないし、大丈夫でしょう」
との事・・・。
そうなのか・・・?
そういうものなのか・・・?
と、親は納得して帰ってきたようですが、大丈夫なのか(苦笑)
しかし、思い返してみると、前にもブログにも書いていますが、私の身内でインフルエンザに掛かったものが一人も居ません。
何か・・・そういうものに強い免疫を既に持っている一族なのでしょうか・・・(苦笑)
知る限りで半世紀以上もの間、一人もそういう病気に成っていないのですから、これ以後も記録は更新して行きたいですね。
体調の維持が難しいときです。疲れを溜めずケアを心がけていただきたいところですね。
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Date:2009/11/21 23:52
さて続きです。
その団体の本部に通い出して2ヶ月目の勉強会の後、懇親会もかねて皆で食事などをするのですが、この時点である一人の講師がヘベレケの状態・・・、まったく酔っ払っている状態で、一人大騒ぎをしている状態でした・・・。
この時点で、本部の者が下がらせるなど、常識的に考えればすればよいのですが、そのままの状態で放置している感じでした。
多くの治療家が高額な費用を出して、全国から来ているのですから、最低限のモラルというものも合って良いと思うのですが、あまりの乱れように他の治療家の先生方は目をひそめ、近寄らないように皆で目配せをする状態でした。
何とか食事開が終わりになった頃、本部のスタッフと他の仲良くしていた治療家の先生に、飲み直そうとさそわれ、向かった先に居たのがその酔っ払い講師・・・・。
「まずいなぁ・・・・」
と思いつつ、付き合いもあるので軽く飲んで早々と帰ろうと考えていました。
で、皆で飲み始めた矢先、案の定絡んで来ました・・・。
「おまえなぁ(怒)」
で、始まり罵倒に次ぐ罵倒・・・。
その場に居た先生方が、必死になって「我慢しろ」「我慢しろ」と、その講師に見えないところで目配せ、私の背中をさすり、「耐えろ」「耐えろ」と、抑えていました。
なぜ絡んできたかと言うと、私がその場で一番若く、新参者でしたから、いくらでも罵倒しやすかったのでしょう。
絡んできた内容も、若い私が技術者になったとたんサロンを開くのが気に入らない、本部の先生と仲良くしているのが気に入らない、本部の先生達に目を掛けられているのが気に入らない、などなど・・・もう、こうなると何かしらの失礼をしたと言う事ではなく、まったくのやっかみと理不尽な言いがかりですね・・・。
若いながらにサロンを持つと言うのは簡単な事ではありません。本部の先生方に目を掛けてもらっていたのも、その団体に通うようになった当初の理由があり、これも本部の先生からのすすめでそうなった事です。
数時間に渡って罵倒を乗り切り、その講師以外の先生と飲みなおしたのですが、あまりの酷さに本部に対応してもらう事にしました。
翌日、その講師が早々に謝罪に訪れ、「酔っ払って・・・覚えていない」
と言うことでしたが、この事態の後にも色々問題があり、その団体の健全性に疑問も持つようになりました。
ほどなくして、その団体での勉強を見切り、他の療法を勉強する為に東京に向かいました。
この時、その団体での勉強を見切り、東京に向かった事が今の自分にとって大いにプラスになっています。整体技術の見識を広げ、しっかりとした医学知識を基にした理論を身に着けられたのも、この東京行きでのことです。
そんな感じでこの業界での第一歩を踏み出したのですが、最初に少しつまずいた感はありますね・・・、その事もありしっかりと道を見定め、正しい道を見定められたのは良かったと思っています。
その後、業界は療法の時代から、リラクゼーションにシフトしていきます。
私にとっても変転の時期に入るのですが、その話は又後ほど・・・。
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Date:2009/11/17 23:04
さて、続きです。
あまり詳しく書いてしまうと、現在もある団体ですし、私の経歴を知る人ならすぐ分ってしまうので、伏せる部分は伏せながら書いていきます。
その団体は、各方面から手技療法家を集めて、その団体独自の技術を指導すると言うところでした。
しかし、各方面から募っている事もあり、各種団体の技術も用いて、多少の変更を行い手技技術を展開する。という部分もありました。
これは、一見すると他の手技技術の流用のような面もあるように見られるかもしれませんが、この業界の団体はとても多く、一つ一つの技術を身に着ける為に通っていては、お金がいくらあっても足りない・・・、という問題があるのです・・・。
こういう面で考えると、一箇所で他の手技技術の技術を見られ、その技術の理論、特性を判断しながら、自分の求めるものを選別出来るというメリットは、多くの手技療法家にはとてもありがたい事でもあるのです。
そういう、潜在的に多くの人が求めていた事を行っていたその団体は、私が通う頃を境に爆発的に組織を巨大化させていくことになります。
そういう過渡期に、私はその団体の本部に赴くことになったのです。
きっかけは、その団体の噂を聞いて、勉強をしにいこうと決めた頃、それと合わせてその団体の会長に私の身内を施術して貰いました。
本来ならば、勉強会に出席しながら技術を身に付けると言う指導法だったのですが、どうせ技術を身に着けようと思うのならば、数ヶ月もしくは最低3ヶ月本部に通い、集中して勉強してみては?、と提案されました。
そうすれば、他の施術者にも負けないくらい、技術を身に着けられるし、団体の幹部候補も先々目指せるよ、と本部スタッフも一緒になって誘って下さいました。
ここまで熱心に誘ってくださるのですから、私もやる気を出し、そのようにしたのです。
そして、整体の認定を受けると時を同じくして、その団体の技術者認定も受けました。
その後整体院を開き、さらに本部に通い続けて2ヶ月を過ぎたある勉強会の後の飲み会で、事態は思いも寄らない方向に向かうのです・・・。
つづく・・・。
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Date:2009/11/12 23:07
この季節になると思い出すのが、昔この業界に入ろうと決めたのが丁度この時期になります。
その頃は飲食店を経営していまして、2店舗を運営していました。
しかし、飲食店業界も景気は良くなく、個人経営の限界も感じ始めていました。
二十歳そこそこの若僧ですから、なんとか体力勝負でやって来ても居たのですが、学生の頃に大怪我をした後遺症もあり、その後遺症を何とかしなければ、と悩んでいた時期でもありました。
飲食店業界での展開を見切り、他の展開を模索していた時に、「整体」という業種に目が留まりました。
元々、柔道をしていましたし、怪我もそのせいでなったのですが、接骨院や鍼灸院、どちらに通っても良くならず、これを仕事とするのに疑問を持っていたのですが、またそれとは違う「整体」という物に興味を持ったんですね。
接骨・鍼灸は専門学校に通わなければならず、数年の期間を要するのですが、継続して通うのには後遺症のある私には難しい事でした。
で、「整体」ならばある程度の余裕を持ちながら、技術を習得できるというメリットもあり、その仕事を身に着けていこうと決めたのです。
誰も私の怪我の後遺症を治せないのならば、自分で治そう。そう決めたのもこの時期です。
時を置かずして、経営していた飲食店2店舗を順次精算し、その精算した資金を元に「整体」の技術習得に向かいました。
しかし、「整体」という業界は、資格が不明確で、技術習得も曖昧な業界でもありました・・・。リラクゼーションサロンというのも、この時はまだ殆どが無く、技術習得の仕方も徒弟制度に似たような部分も大きくありました。
最初に勉強をした「整体」では、もちろん全ての技術習得を行い、修了していたのですが、流石にそれだけでは技術の裏打ちなど得られた気もせず、一つの団体の技術を身に着けたとはいえ、そのまま仕事に就くというのは難しく感じました。
で、ここから怒涛の技術習得に向かうことになったのです。
その頃には、飲食店の精算も片付いていましたので、その資金を持ち東京に勉強しに行くことを決めました。
この東京行きで、3つの技術認定を受けることになります。
もちろん、一気に習得することは出来ませんから、「整体」の技術認定をうけて、もう一箇所の別の手技を東京で技術認定を受けた時点で整体院を開き、ほそぼそと経営しながらさらに東京に通う。という感じで勉強していました。
この最初の「整体」とは違う、もう一箇所の技術は東京で、と書きましたが実際は東京より西側です。
今となっては、自分の経歴にも載せる気分にもならないような所で、まあ・・・その時はそれなりに勉強にもなったんですが、これまたややこしい所で・・・あまり良い思い出がありません・・・。
3ヶ月ほどその団体の本部に通い続けたのですが、まあ・・・今となっては無駄な出費としか考えられないです・・・。
少し、問題ない範囲でその時のことを書いてみましょうか・・・。
まあ、しかしながらこの時期に、私のこの業界での第一歩が始まったのです。
続きは後ほど・・・。
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